nekotam@ あくあく様より
2008.3.30
この作品はあくあく様によって書かれました。
無断転載、二次使用、盗作等は固く禁じます。


忍という名の孤独な職業








気配を殺した木陰から、ただ眼球の動きだけでその標的を追う。
踊るように風が舞っている。




むせるような草いきれには、鉄の匂いが染み込んでいた。てんてんと紅が散った光景の奥で少女が立ち尽くしている。その隣には、隠しきれない嫌悪を表情に浮かべた若い忍。中忍のベストに袖を通してはいるが、まだ少年という雰囲気が色濃く残る立ち姿だ。本人はそう見せたがらないようだけど。

「この結果が不満か?」

痙攣と苦悶ばかりが支配する空間に、鋭い、叱責か失望のどちらかを示すような声が響いた。見れば、少女の視線が真直ぐに少年を射抜いている。戦闘の緊張をまだその背に帯びたまま、彼女はふん、と鼻を鳴らした。





それは本当に数えるほどしかない時間のうちに、片付いたことだった。
ボクは手を出さない。それどころか、彼らはボクの存在すら知らない。

知ってはいけない。

朝、少年が自宅を出た瞬間から、ボクはずっと見ていた。

宿まで少女を迎えにいき、火影執務室に寄り、すぐに二つの会議をこなし、昼休みもそこそこに中忍試験の屋外会場実地調査に向かったことも、その途中で強盗団迎撃の緊急任務が入ったことも……すべて知っている。

だけど、彼らは知らない。

ボクは彼らにとって背景ですらない。せいぜい、意識されない一枚の葉だ。
揺れた所で消えた所で、彼らの世界に何の影響も及ぼさないだろう。
視線だけが尾いていく。あの戦闘も、最初から最後まで、何一つ逃さずに。






彼女は音もなく標的の背後に降り立ち、喉仏の下に刃を触れさせた。一瞬だけ腕に力を籠める。

悲鳴もなく、肉を裂く音もなく、標的が静かに崩れ落ちた時、彼女はすでにこと切れた身体からその身を翻し、振り返りもせず背後へと跳び退った。

奇襲に崩れた男の仲間か、周囲を歩んでいた男たちは即座に左右へと散り、木陰に近い場所で即座に武器を構える。うち一人が、怒りを含んだ唸りを上げる。

「……貴様ッ!」

その警戒と憎悪が混じった視線の先には、隠れもせずに立ち尽くす女の姿。

黒服に身を包んだ女は、好戦的な笑みを唇の端に浮かべていた。彼女は一抱えもありそうな巨大扇子を軽々と掴み上げ、ゆうらり、と空に持ち上げて、開く。

あまりにも流れるようなその所作。敵は低い姿勢を崩しはしないものの,動かない。動けない。まるで魅せられているようだった。

「ただの物取り集団ならね、まだ目をつぶってた」

翡翠の瞳は獣のように鋭く細められ、だけど確かにきらりと光る。彼女の発した言葉で我に返ったリーダーらしき男が「散開!」と叫んだ。それにも関わらず一歩たりとも動かない仲間、そして自分自身の身体に驚いたのか、彼は何かが喉に詰まったような音を漏らす。

「無駄だよ」

憐憫も満足とも違う……不思議な笑み(戦う時のアドレナリン作用は、喜怒哀楽とはやや異なる場所にボクたちを連れていく。ボクらはそれを誰よりも知っているつもりだけど)を再び唇に浮かべ、彼女はどことも知れず問う。

「なあ、奈良?」
「…なんつーか、お前ら、ちっとやりすぎっつぅ話」

広場の右手側、こんもりとした茂みの陰から少年のシルエットが現れた。ボクも時々、里ですれ違う若手の中忍だ。三白眼ぎみの目つきで(ひょっとして近眼なのかなぁ)じろりと敵を見回して、影の拘束を強めるかのように、先ほどから旨の前で固く組んでいる指先の印に力を籠める。

「すぐ終わらせるよ」

影に捕われた男達の瞳に怯えのような感情が浮かんだけど、そんなものはどうでもいい。どのみち、彼等の瞳はすぐに光を失うのだから。

その一時、ボクの視線を支配したのは彼女のためらいのない軽やかさ、そして溜めから攻撃に移るその一瞬、ほんの少しだけ重心を下げた肘の動きだった。

「おいッ! お前そいつは…」

木の葉の中忍が慌てたような声を上げる。
少女はそのまま、嵐を呼ぶ大扇子を振り下ろした。






風はここまで届いた。思わず面を押さえたボクの上腕の動きにあわせて、懐に潜めてある巻物が、がさりと音を立てる。ずいぶん前から持ち歩いている極秘書類だ。その中には、いわゆる評価の高い木の葉の下忍・中忍の名前がずらりと書き連ねてあり、目の前にいる少年もその例外ではなかった。

戦闘任務に居合わせる機会は、そんなに転がってるもんじゃないから。

なかなか有難いな、というのが正直な感想。それでも隣にいる娘のおかげで随分イレギュラーな監視になってしまったことに嘆息しつつ、ボクは目を凝らす。






――足下の光景とまるで矛盾した、鶯のさえずりが聞こえてくる。春の森で。

返り血が飛んでいないか確かめるように、少女は右手を顔まで持ち上げ、甲のあたりをくんくんと嗅ぐ。少しだけ眉をひそめて、反対の手で取り出した懐紙で右手の甲をごしごしと拭いていた。

そしてやっと、少年の表情に気がついた。

「……不満だとか、んなこと言ってねーだろ」

瞳に少しばかりの闇を秘める少年は、奈良シカマルといった。そして、

「お前はわかりやすいな」

鉄扇を背負い直しながら、呆れまじりの呟きを漏らす少女の名前は、テマリ。砂のテマリ。一族志向が強く、世襲制である風影の一族は代々名字を持たず、ただ里の名をその前に冠するのが通例となっている、はずだ。

「まー、ここまでやらんでも、とは思ったけどな」
「甘いところは変わらないね」
「……んだよ、それ」

周囲に倒れる賊達を見渡して、奈良は唇を歪めた。挑発のような少女の台詞に、それでも言い返そうとはせず、ただ不満げに土塊を蹴とばす。そんな様子を見て、テマリもやはり納得のいかない表情のまま、扇子を支える肩紐を直した。

「無線報告は済ませたな? なら、長居する理由もない。とっとと行くよ。死体はお前の里のものが回収に来るんだろう?」

テマリの言葉に、奈良もしぶしぶといったていで街道ほうへと身体を向ける。

(あ)

その隙をついて、少女が動いた。

恥ずかしながら、ボクも反応が遅れた。奈良の視線に気をとられて、一瞬のうちに地を蹴って彼の背後に回り込み、先ほどの賊の喉をかき切った時とまるで同じポジションに入った少女の動きに。

思わずボクも武器に手を伸ばしそうになり、

(……でも、なんで奈良が反応しなかった? 出来なかったわけがない)

けれど、あまりにも無防備な…むしろ飄々とした彼の態度に、投射姿勢を崩す。慌てたとはいえ、チャクラは動いていないはず。そこまではヤワじゃない。

「甘いって意味がわかってないのか?」

クナイをぴたりと標的の顎につけた、テマリの鋭い声が響いた。

「なんで動かなかった。武器はどうした? お前の、影は?」
「なにって……オレが印組むより、あんたの動きのほうが速いから」
「それだけわかっているなら、どうして後ろをとられるまで動かない」
「めんどくせーこと考えてんなって、いちいち。同盟崩したいのかよ」

投げやりな返答に苛立ったか、首に絡まる少女の腕に力がこもった。距離を詰める刃の冷たさを感じ取ったか、少年が少しだけ身構える。

すこしだけ増したテンションの中で、少女はふたたび言葉を発した。

「あたしがお前を殺さないと読んでいるから?」

返答はない。彼女の意図を汲みかねているのかもしれない。
畳み掛けるように訪ねる。

「読んでいるつもりだから?」
「さあな」
「木の葉の策士たるもの、覚えとかなきゃいけないね。それなら」

テマリは怒ったように、それでも静かに囁く。森の静寂に向けて。

「あたしは必要とあればお前を殺せるよ」

「…………オレは、」

言葉に詰まった奈良が、唇を噛んだのが見えた。

そのまま、何ともいえない沈黙が流れる。
ボクは瞬きも忘れて、ひとつになった影を凝視していた。

「いや、いい。すまない」

砂のくの一は、手にしていたクナイを落とした。そのまま後ろから、空いた両腕で少年を抱きしめる。うつむき加減の彼女の頬は、彼の肩の上にある。

彼女は何か呟いたようだった。陰になった唇の動きはうまく読めなかった。

ただ、まっすぐに前を向いた少年が、たまりかねたように口を開く。

「オレはそこまで物事について割り切れねーし、だから単純に、今だけは『こんなもん』って」

少年の右手が、少女の額当てへと向かって伸びる。プレートに触れる直前で指先は一瞬だけ逡巡し、その隙に、少女はさっと身を引いてしまった。

「……もう戻るよ。休息も取りたい」

そう言って再び武器を背負い直した後ろ姿に、少年は小さく舌打ちし、それでも彼女が支度を終えるのを待ってから歩き出した。

「まだ、子供だな」

テマリが歩き出す前に、彼女の唇がせりふの形に動いたのがちらりと見えた。






二人は無言のまま、街道を踏みしめる。ボクは森の中から彼らを尾ける。

ほんの数歩先を行く少年は、知らずに見れば間柄をリードしている。
だけど先ほどの会話を聴いていると、まるで拗ねているような背中だった。

けだるげに歩む姿は、追う少女のまっすぐな姿勢とはずいぶん対照的だ。まるで適当に足を前に投げ出しているようで、それでも足音を立てない。

『必要とあればお前を』

彼女のその言葉は、確かに真実を含んでいた。その時に彼はどうするだろうか。今日のように、無防備でいるだろうか。

何も背負っていなければ、受け入れるかもしれない。彼女の刃を。

(きっとそう思っているんだろうなあ)

だけど、実際の場になればそうはできない。彼は撃ち返す。彼が倒れることによって奪われてしまう何かを守るために。忍として大成したいのならば、そうするべきだから。ボクが思うに、彼は今、危ういラインに立っている。

(若さゆえの……って奴? それにしてもね。恋愛と仕事を天秤にかけるなんて、あの歳じゃ難しいんだろうな。まずいことにならなきゃ、いいけど)

遠くから眺めるボクの視線の先で、少女が前をゆく奈良に声をかけたようだった。やや道の向こうにある茶屋を親指で指し示している。奈良は肩をすくめてみせたけれど、特に反対の様子もないみたいだ。

先ほどまでの緊張感を忘れたかのように、ふたりは連れ立って茶屋に入った。






「お前、人を殺めたことは」

がやがやとした茶屋の、最も街道に面した席で(隠れて聞き耳をたててるボクとしては好都合)。周りに聞こえていたら茶を噴き出しそうな台詞を、忍同士でやっと聞こえるような声音とはいえ、彼女は平然と吐いた。

「直接っつうなら数えられるくらいかな。チームでってなら、そりゃ」
「なら聞くが、殺めることに罪悪感を感じるか?」
「……罪悪感とはちっと違うけど、なるべく殺さんよーにとは思ってる」
「何故」

視線をずらさないテマリに、奈良は手に持っていた茶をことりと置く。

「それが普通だと思ってた、からじゃねーの?考えたこともないかもな」

あまり議論に乗り気ではなさそうな彼の返答を気にも留めず、テマリは矢継ぎ早に問いを重ねる。

「なら、必要とあれば、気負いなく殺せるか?」
「そう思ってっけど」
「里を守るためだから、誰かを殺めてもいいのか」
「違うってのかよ」
「甘くてわかりやすい論理で考えれば、間違いじゃないだろうね。確かに常世の正論だけど、それでもあたしの論理じゃない」

いや、やる気のなさそうな表情とは裏腹に、奈良も彼女の話をちゃんと聴いているみたいだった。肝心なところになると、ゆるゆると定まらない瞳がぴたりと止まる。確かに面白い話だった。ボクもじっと耳を澄ませる。

「あんたの理屈とその正論とやらの違いがよくわかんねーんだけど」

……違いはあるよ。確かに。でも。

「でも殺すのはあたしの選択だ。相手は武器を構えてる。なんのために? あたしを殺すため。もしくは、あたしの後ろにいる誰かを。だから、あたしも武器を持つ。相手を殺す目的で。でもね、だからって殺すことを」 

守るべきものは確かに存在する。流される血の結果として、彼等は守られる。それでも彼等に咎を押し付けるのは卑怯な論理だと思わないかい?

「里のためと言い切ってしまうのも、正当防衛に逃げることも、狡いと感じるんだ。同じくらいに、殺さないことを単純にそれだけで尊ぶ態度も嫌いだ」

それは解答のない、エンドレスな矛盾。本来なら語られるべきでない、ただ抱えられる暗黙の了解であるはずだけど。

彼女だってそれは理解しているだろうに、それでもわざわざ奈良に話して聞かせていることに、ボクは少なからぬ興味を持った。

「善いと悪いの二元論じゃねぇってことくらい、オレだってわかってっけど。あんたほど真面目に考えたことはねーかもな」
「じゃあ考えておけ、いつも。いつ何時、昔のあたしの里のように、殺す意味について四六時中悩まなきゃいけなくなるか、わからないよ」

そこまで言って、やっとテマリは目の前の茶に手を伸ばした。薬草茶の独特の香りが漂い、ボクのところまで届いた。奈良は動かない。いつになく真剣に言葉を探しているような姿は、彼の普段の態度を鑑みても珍しいことだ。

彼をそうさせているのだろうテマリという少女。確かに面白いなあ。

「オレはたぶん、何かの理由であんたを殺すことになっても、そいつを里のせいにはしねーよ」

しばらくの沈黙のあと、やっと少年が吐き出した答えは、つまり。

「きっと一生、自分のことばっか責めてるんだろーなとは思うけど」
「それでいい」

(彼は遠回しに、君を殺せると宣言したんだよ)

「お前が忍として二流になろうというなら、茶に付き合ってもつまらない。あたしはお前みたいに面倒くさいことを考えられる奴にしか興味がないんだ」
「……ほんと、割り切ってんだかそうじゃねーんだか、わかんねー」

奈良の漏らした感想は、ボクとだいたい同じものだった。それを聞いて、少女は満足げな表情を浮かべる。欲しい答えを引き出したのか、妙に嬉しそうだ。

「なにを言ってる? 割り切っていなければ、こんな血のような色の茶を美味いと思えるものか」

彼女は唇の端を持ち上げ、笑みのかたちを作る。そのまま湯呑みの中味を一口含み、一拍の間の後にそれを飲み下した。こくり、と喉が鳴った。

それは奇妙なほどに扇情的な姿で、それなのに正面に座る少年はつまらなそうな表情を崩すこともなく、ただ目の前の茶をゆっくりと啜っていた。






ボクはその夜、彼女の泊まっている宿の屋根瓦の上で時間を過ごした。

月明かりの下で暇つぶしの書物をぱらぱらとめくりながら、時たま漏れ出す、昼間とはうってかわった嬌声をぼんやりと聴いていた。

あんな声も、出すんだな。そんなことを頭の隅っこで考える。

さすがに春も近いといえ、深夜の冷えこんだ空気はまだまだ心地よさとはほど遠い。チャクラを集めた指先はそれでもかじかむこと無くページを繰っていたけど、一度、時に風よりも鋭い紙片の角が皮膚を浅く裂いた。血が滲んだ。

いつの間にかかすかな声も途切れて、ただ、しんとした夜をボクは眺めていた。

朝焼けの時刻の少し前、細身のシルエットが障子をそっと開く。その影は、死角に潜んでいるボクの気配に気付くことなく住宅街の方向へと消えていった。






……今なら追いつくかな。

たとえばボクが、彼の背から武器とともに襲いかかったら。

彼は振り向き様に、ボクを斬れるだろうか。
襲いかかるものは敵だと判断して、問答無用でボクを殺そうとするだろうか。
そして、その行為を受け入れることができる、だろうか。

(たぶん、できない気がする)

頭ではともかく、身体ですぐに受け入れることが適わない彼には、きっと殺せないだろう。すくなくとも、ボクの正体を見極めるまでは。

それが少年と少女の差だろうし、平和なボクらの里と砂の里の決定的な違いなのだろうとも思う。とはいえ奈良が上忍になる頃には、あの砂のくノ一くらいには揺らがなくなっているんじゃないだろうか。いい上忍になるかもしれない。別に思い入れもないけど、そうなったら同里のボクとしても悪い気分じゃない。






ボクも帰宅する時刻だ。執務室の扉が開かれる前に、報告書を仕上げなくちゃ。







「……砂のくのいち、それも実戦経験豊富な幹部候補として、彼女が持つ倫理と思想は、奈良シカマルを精神的にも成長させるポテンシャルを有していると考えられます」

ボクの報告に、五代目は書類にサインする手を止め、顔を上げる。ニッと笑う。

「いい傾向だ。うちはの里抜けの時にも思ったけど、奈良の坊主の弱点をきっちり自覚させた。同年代であの発言ができる人間は木の葉にいないだろ」

(同年代でなくともいないかもしれませんよ、五代目)

それは口には出さず、ボクは木立の中でのふたりを頭の隅っこで思い出す。ぎりぎりの場所で少年を翻弄し続ける、あの翡翠の瞳。危ういはずで、その危うさを限りなく自覚している同士の確かなバランス。

正直、はじめは面倒だとしか思えなかった監視任務。




「まあ、簡単すぎて休暇みたいな任務だったろう?」

――五代目の気まぐれは時にあまりに唐突すぎて、まるで緻密な計算じゃないかと錯覚する時がある。ボクがそう言うと、暗部の同僚は皆、一様に肩をすくめる。何を馬鹿なことを、とでも言いたげに。

けれどそれは、実害を被らない人間のリアクションだ。

「今週は里外ないんだろ。この監視任務、頼んだよ」
「…………はあ」

春一番の吹く日だった。執務室の窓ガラスは、かすかにだけど揺れていた。

調査指令書に記してあったふたつの名前と経歴にざっと目を通す。どんな内容だとしても、仮面の下の表情は動かない。訓練のたまものだ。

「珍しい任務もあったものですね、五代目」
「まあねえ。迂闊な奴が喋っちまうと、国際問題になりかねないんだよ。あ、報告書はこっちに直接でいいから」
「了解しました」

そしてボクは姿を消す。五代目は何事もなかったかのように、書類に戻る。

まったく、ボクたちの仕事は里の皆が想像するほど残酷で非人間的なものばかりじゃない。毎日誰かを暗殺してるわけでも、もちろんない。高いスキルと最高の守秘義務が適用される任務の幅は、意外に広いものだから。

それでも、数ある要人警護に諜報任務といった日常にまぎれ、時にはこれでもかというくらい人間くさい任務が紛れ込んでくることだってあるみたいだった。





「だけど、あの子が傾国姫となる可能性は?」

思い出したように、五代目が問う。この方の語彙はたまにババ臭い。

「今のところ低い可能性ですね。それぞれ、己の里への忠誠心は人一倍強いようですから。相手に依存もしくは帰属するという選択肢に流れるよりも、現在の関係の破棄を選ぶかと」
「聡すぎる人間は、色恋沙汰に向かないね」

感情的すぎるのも問題だけどさ、あたしみたいに。そんな呟きが鼓膜をかすめたが、ボクは敢えて聴かなかったふりをした。

「ま、どのみちあんまり快く思わないだろうねえ、五大国担当のおっさん達は」

おっさん…。誰もいないと思って言いたい放題だなあ。そんなボクの思惑を知る由もなく、五代目は五代目なりに、里長としてベストの解答を思案してる。

「まるまる事実を教えてスキャンダルに仕立て上げられても面倒だし」

だらしなく肘をついたままぶつぶつとひとりごちてから、五代目はやっと結論に辿り着いたようだった。筆先でボクをぴっ、と指す。墨が少しだけ跳ねた。

「それじゃ奴らには、不審な点なしと伝えとくってことで。“公式”の報告書の作成も任せたよ。そいつはそのまま外務局に廻す書式でいい。認印だけ押して渡しとく書類だから」
「はい」
「で、正式な報告書は、後日あたしに直接上げとくように」
「わかりました」

暗部の返答は、それ以外を求められない限り……イエスのみというのが鉄則。
表情も変えずに、心の表面も揺らさずに。いつか底さえさざめかなくなるまで。

あの少年にはきっと身につけられないし、身につける必要もない。(適材適所ってやつだよね)これも才能なのだと、ボクは暗部として自信を持ってる。

「興味があるんだよ、あいつらの先行きにはさ」

下がろうとするボクに向かって,五代目は顔も上げずに言った。くく、と笑っているのがわかる。うん、それくらいは、顔も見なくたって。

「お前だってそうじゃないかい? え、テンゾウ」
「ボクは、個人的意見を任務に差し挟む立場にいませんので」
「……ったく、固いねぇ」

今度こそ、ボクは久しぶりの睡眠を求めて、執務室を離れた。





そうだ、ボクの意見はそんなところにあるべきでないし、興味もない。

そんなことよりも。

(ボクたちは絶対に、あんな議論はしないよ)

わかってる。彼らみたいな、甘さを残す忍も必要だってこと。命令にはイエス、里を守るものと侵すもの、その二元論を疑わない忍と同じくらいに必要な存在だ。けれど、僕らの仲間には正直……必要ないんだ。

彼らのように迷い続け、だからこそ強くなる忍。有能であればある程、彼らは表の任務に専念させる必要があるだろう。里と仲間への繋がりを、隙間なく叩き込む必要が。いつかの、うちは一族のような惨劇を繰り返さないためにも。

暗殺戦術特殊部隊。通称、暗部。

ヒトを殺めることへの感覚を鈍らせざるを得ない、この特殊な世界には……足を踏み入れさせちゃいけない。

布団に身体を投げ出す前に、ボクは候補リストの巻物を机の上に拡げる。そしてしつこく残る「奈良シカマル」の名の上に、ぐっと墨をひいた。






長い長い任務を終えて、ボクはやっと眠りにつく。







傑作です・・・!大好きなテイスト満載です!一定の緊張感を保ちつつ、キャラの個性が存分に生かされていて、かつ、これだけのエピソードを簡潔に、そしてよどみなく綴るそのセンスとバランスのよさは、あくあくさんならでは・・・のものだと思います。
憧れのあくあくさんに、こんなにも素晴らしい一作を書いて頂いて、りくは幸せすぎます。あくあくさん、本当にありがとうございました!
 2008.3.30 りく