soundfurniture すず様より 2007.8.17
この作品はすず様によって書かれました。無断転載、二次使用、盗作等は固く禁じます。



『Feelin'the same way』



規則的に、右から左へ段々と流れて行き、やがえ消えてゆく音。



そして動きが止まると、がたん、という無機質な音と一緒にドアが開く。



ふわりと土の匂いがして、しっとりと生温い風が髪を、肌を撫でる。

こちらでは雨が降り出したらしい。



彼と会った日の帰りはいつも、遠い、遠い道を、時間をかけて帰りたかった。

これを逃せば次は30分後だと言われ飛び乗った車内には、私のほかにほとんど人はいなかった。






つい1時間ほど前には側にあったもの。

その手の温度を、名前を呼ぶ声を、私の髪を撫でる仕種を思い出すことはとても簡単だった。

(今、隣になくても)






少しずつ開いてゆく、彼との物理的な距離。

その感覚は、じわじわと実感を与えて私を現実に引き戻してゆく。



そのスピードが早ければ早いほど、きっと痛みを伴って動けなくなるんだろう。

だから。






乗っている人は無口で、どこか寂しそうな表情に見える。



様々な人が、様々な場所に帰っていくのを私は長い間、眺めていた。







ふと、携帯がメールを受信していることに気づいて確認する。
差出人は、彼だった。



『気をつけて。』



いろいろと考えた揚げ句にその一言だけになってしまう、と、以前言っていたのを思い出し、少しだけ、気持ちが軽くなる。

もう少し、一緒にいられたらよかったのに。

離れたく、なかったのに。

私がそんなことを口に出すことは決してなかったけれど、

(言ったってしかたないことだし。)






それでも、別れ際に無理して笑ってるわけじゃない。

最後に見る顔はどうしても頭の中に残ってしまう。

だけど笑った顔は、哀しい顔よりも長く記憶にとどまることはないから。



だからもし明日、彼が私のことを思い出すとしても、その時間はきっと、比較的少ない。

そしてそのときは、笑顔だったから大丈夫、と、無意識でそう感じるだろう。

(私なら、そうして欲しいと思うから。)







たとえば、



もしこの関係が終わりを告げるときが来たとして、

その最後の日にも、私は笑っていようと思っている。



そんなことがあることも考えたくないというほど私たちは夢見がちな子供ではない。

いつか来る別れを想定しておくことは、そのときの痛みを和らげてくれると私は思う。
(それは逃げだ、という意見に否定はしないけれど。)



私は、こう考えるだろうか、
(いつもの別れと、同じ。)
片道3時間の距離を帰っていくときと。



『それじゃあ”またね”』、と言いかけてやめたことを除けば。

彼の脳内の、小指の先ほどの小さな場所にごく薄く笑顔を刻んで、後ろを向いてから私は少し眉をしかめる。

そして誰にも聞こえない小さな声で、
(あのときと、同じ気持ち。)
と言うかもしれない。

そんなことを考えていると、手のひらに痛みがあることに気づく。

私は、自分でも知らない内に、爪痕がはっきり残るくらいに強く、手を握りしめていた。



だけどそれは、私が彼に刻んだ笑顔のように、やがて何事もなかったかのように消えていくのだろう。








(同じ気持ちなんかじゃ、ないんだ。)







そんなこと、ほんとうは分かってる。



難しい方向ばかりを見て、簡単なことがあまりにも分からないのは私の悪い癖だ。







だけど、同じ気持ち、ではなかったとしても、やっぱり私は笑ってそのときを迎えるのだと思う。

私たちが間違ってなかったということを、そうして伝えるのだと思う。



いつもと同じだから、大丈夫だと言い聞かせて、
次がないことには目を伏せて。










手のひらの爪痕は、もう消えた。



窓にはぽつぽつと雨が当たり、斜めに流れて消えてゆく。








それを見て思ったことがある。









たったひとつ、ほんの少しの希望として、



(その日がもし雨だったとしたら、私は少しだけ、泣いてもいいことにしよう。)


end

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すずさんの12345HITでリクエストさせて頂きました!!
私は文章を短くまとめることが出来ないんですが・・・(弱点)サイトにお邪魔して、作品を拝見すると、いつも一瞬にして、すずさんの世界に入っちゃうんです。
今回書いて頂いた作品も、いつの間にか、私は電車に乗って、文中のテマリが感じたことを同じように感じている・・・。・・・これがすずさんの表現力のすごいところで、音や、匂いが自然に感じられてしまうんです。すずさんへのお礼メールにも書かせていただいたんですが、きっと経験していること、けれど、普段はさらさらと流してしまう日常の一片を、すずさんは、きちんと留めて、自然に言葉にされている。「ああ、そうそう。」なんて同感していくうちに、私はなんだか泣きたくなってしまって・・・。決して押付けとかじゃなくて、すごく控えめなんですが、読み終わった後に、心が温かくなったり、切なくなったり。そして、すずさんがそこに描くテマリとシカマルの、会話や、距離感が本当に好きなんです。

余談ですが、この作品を読むたび、ふと小田急線やら山の手線やらを利用していた頃を思い出したりしました。

すずさん、本当に素敵な作品、ありがとうございます!!

りく