soundfurniture すず様より
2007.12.12
この作品はすず様によって書かれました。
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Lonestar








『小南、小南、』

さめないで。
そう強く願ったけれど、どうやら叶わない、みたいだ。










世界にはふたりしかいないと思っていた。

だから私たちがお互いを求めるようになったことは、当然のことなのかもしれない。

けれど、触れ合うのは身体だけで、次第にそんなことなら私などいない方がよかったと思うようになっていた。






「小南」



あなたが呼ぶ私の名前には、名前であるという、ただそれだけの意味しかない。

あなたがその外側の手で触れるのは、やっぱり外側の私でしかない。

(それでも)

今ここにあるこのひとの傍に居たかった。
それは、間違っても同情なんかではない。
でもどういう言葉で表せる思いなのかまでは、分からなかった。






その分からないという思いを吐き出すように彼の名前を何度も呼んだ。

そこにはいろいろなものが込められていたけれど、私にもそれが何なのか分からなかったし、彼にも届かなかったみたいだ。

確信を持たずに呼ばれた名前は、空気中で擦り減って散らばって、彼にはひとつも届かない。
小さな意味しか、届かない。






ある時、気づいたことがある。

ペインは、ふたりではなく、自分ひとりだと思っているのではないか。

私は、彼の前には存在していないのではないか。



その考えに至ってからは、私はペインという3文字を機械のように紡いでいた。






(見て、私を)

ちがう。

触れたいと思うのは、身体なんかじゃない。

欲しいと思うものは目に見えるものじゃない。

(ここにいるのに)









(一一一一一一一一一一一、一一一一一一一一!!)









今のは、私の言葉?なんだろうか。
自分が発するとは思えない言葉だった。

口にしてしまえば、このひとを否定することに繋がる。

それはつまり私の死と同意義だ。



目を閉じてじっとしていると、ふわりと暖かくなった。
彼が私に触れる直前にはいつもそうなった。
私はそれを、単純に体温が近づいて来るからだけとは思いたくなかった。

その暖かさはだんだん一箇所に集中してゆく。
頬に、彼の手のひらが触れた。



「俺には、お前が時々よく分からない」

私は頷いて彼の胸に耳を押し当てた。

「分からないの、私も」

「お前自身が?それとも俺のことがか?」

「・・・どっちも」

困惑しながら、それでも私を宥めるように、彼はゆっくり両手を私の背中に回した。

その手はいつも少し乱暴だったけれど、不快に感じたことはなかった。
優しい、手だった。



もういちど目を閉じれば、私たちはただの人間でしかなかった。











夢を見た。



星のない夜だった。
空はまっ黒で、遠くに見えた。
だけど私の周りは昼間のように明るくて、雨が上がった時の、水分を多く含んで澄んだ空気をしていた。



世界はとてつもない広さで、とてつもなく小さな私を押し潰しそうな勢いで広がり続けていた。
そしてまっ黒な空は、私たちを飲み込もうとしていた。
私たち3人を。



私は、手が届かないほど高いところに行ってしまったふたりを、呼んでいた。

子どもの頃の私は、大声を上げて泣いていた。



(弥彦、長門一一一一一一)



どうして泣いていたんだろう。

私をひとりにしたからか。
ふたりの無事を祈るからか。



(弥彦、長門、ペイン一一一一一一)



私はその夢の中では、あまりその名前を呼びたくない気持ちになっていた。
それでも、必死になって呼んでいた。



(ペイン一一一一一一一)



そして次の瞬間、もうすぐ消えそうな私が叫んだ。

(ちがう!)









(一一一一一一一一一一一、一一一一一一一一!!)









彼らは振り返っただろうか。
確かめることができない内に、私は押し潰されたか、飲み込まれたか。

何の音もせず、苦しむこともなく、ただ心だけをこちらに残して消えてしまった。

ただひとつ、心だけが気づいたことがある。









『小南、小南、』









夢から醒める直前聞こえた声には、たしかに名前以上の意味があった。









(それなら、さめないで欲しかった)









end


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