past08

盤外戦術



奈良シカマルと、砂隠れのくノ一、テマリは、屋上にて対局中であった。

駒を盤に置くたび、ぱちり、と響く音は存外心地よく、盤を挟んで向かい合う二人の間にも、
穏やかな風が時折、その対局を覗くように吹いていた。

将棋に全く興味の無かったテマリだったが、普段は口数の少ないシカマルが、こと将棋の話になると、表情を変え、饒舌に語る姿を見て、いつの間にか関心を寄せるようになっていった。実際に駒を手にしたのは、

「戦略の参考になるんだぜ」

シカマルの一言に乗せられてからだ。そう言われると、テマリの向上心は、見事に刺激されてしまう。木ノ葉での滞在のつど、シカマルの指南を受けるようになった。

初心者のテマリは下手、シカマルが駒落ちをする上手で指すようになって、今日は初めて、戦局がテマリに大きく傾いている。ハンディがあるとは言え、先程から、次の一手を指さずに、黙って盤を見つめているシカマル。

(・・・今日こそ勝てるかもしれない)

一度でも、下手のテマリがシカマルに勝てば、次回は平手で指そうという話になっている。これで、シカマルと同条件での対局が実現するかと思うと、テマリの高揚感は、言葉にしがたい、格別のものだった。しばらくすると、シカマルが、胡坐を掻いた膝の上に両腕を乗せ、両手の指を合わせ、丸い形を作る。
そして、静かに眼を閉じた。

(その印・・・ ・・・)

中忍試験本選で、対戦した時に見せた印。改めて、間近でその姿を目にすると、ずい分と無防備な状態である。遊びの最中とは言え、対面しているのは他里の忍。しかもこの距離は、テマリがその気になれば、いつでもシカマルの命を奪える近さ。

(この状況で、よくそんな姿を晒せるな)

警戒心の強いテマリには、理解できない行動だ。けれど、興味はある。

―今、この瞬間、目の前の男は、IQ200と言われるその頭脳をフル回転させている―

その事実が、テマリの好奇心を煽った。

「なあ」

話しかけるのはルール違反だと、暗黙の了解のようにわかっている。
けれど、一度生まれた好奇心を抑えるのは難しい。テマリは、再度、声を掛けた。

「なあ、奈良。その印を結んでいる時って、どんな感じなんだ?」
「・・・ ・・・」

予想通り返事はない。まるでテマリの存在すら忘れているような感さえある。

(・・・ ・・・仕方ない。その印を見せるほど、私がこいつを追い詰めていると思えばいいか)

テマリは諦めて、再び視線を盤へと落としかけた時だった。

「あんたもやってみれば、わかる」
「?」

シカマルに目をやれば、相変わらず瞼を閉じたまま、印を結んだ状態である。

「・・・ ・・・私は別に、追い詰められてないから、やる必要はない」

思っても見ない返答に、テマリが多少困惑気味に言葉を繋ぐと、シカマルは、器用に片目だけを開け、

「油断大敵って言葉、知ってっか?王を捕られねぇ限り、勝負はわかんねぇけど?」

不遜な笑みに、正論をぶつけられて、勝ちに浮かれる自分を非難されたようで、テマリはむっと口を噤んだ。それをなだめるように、穏やかなシカマルの声が続く。

「口で説明すんの、面倒なんだよ。やってみる方が早ぇって」
「今?ここで?」
「ああ」
「出来るわけないだろ?」

テマリの声が上ずる。

「興味・・・ ・・・あんだろ?」
「他里の忍を前に、そんな無防備なこと、出来るか」

馬鹿馬鹿しい、とでも言うように、テマリは腕を組み、顔を背ける。その様に、シカマルは両目を開けて、眉を寄せた。

「はぁ?つまりあんたは、俺に、何かされる、とでも思ってんの?」

(何か、されるって・・・ ・・・)

はっきり言葉にされてしまうと、テマリは、自分の疑念が恥ずかしく思えて来た。

「そ、そうじゃない。わかった、やればいいんだろ?」

観念したように息を吐き、見よう見まねでシカマルと同じように印を結ぶ。さすがに胡坐はかけないので、正座した膝の上に手をのせた。正面のシカマルは、姿勢は崩さず、じっとその様子を眺めている。準備が整った合図のように、そちらに目をやると、シカマルは、再び瞼を閉じた。それを確認して、テマリは、一旦呼吸をして、同じように静かに目を閉じた。



最初に訪れたのは、『不安』だった。

光を失い、目に映るものが無いという状態は、急に自分を孤独にした。
今まで、どれほど視覚に頼っていたのか。不安に呼応するように、心臓が高鳴る。
けれど、そのうち、その他の器官の働きを敏感に感じるようになってきた。
耳に触れる風の音。それに溶けるように自分の鼓動が重なる。
鼻に触れる風の匂い。それに溶けるように、身近な存在の匂いが届く。

木ノ葉で一番、馴染む香り。

不思議と、気持ちが落ち着いてくる。
シカマルが、この印を結ぶのは、恐らく雑念を払い、集中するためだろう、そんな風に想像していた。
それが当たっているかは、ともかく、この状態は、まるで駒を盤に置く音のように、存外、心地よい。



シカマルはそっと薄目を開ける。
テマリが、自分と同じ印を結びながら、目を閉じているのを確認して、両瞼を上げた。『無防備だ』などと言っていたのに、向かい合うテマリの顔は、まさに、それだ。今、彼女の脳内で、何が巡っているのか、推し量ることは、出来ない。ただ、自分の知らないことに対して、素直に従うテマリは、普段の彼女からは想像できないほど、可愛らしい。重ねて、今はあの、憎らしいことを告げる口も閉じている。
並んで歩くことが多いから、テマリの顔を、正面から見るのは、これが初めてかもしれない。いつも目が合うたび、吸い込まれそうになるあの瞳が閉じられているのは残念だが、それが今、少しばかりの余裕を持って、テマリを見つめていられるのも事実だ。

将棋の話を振って、実際に駒を持ち、シカマルと対局しようなどと思う人間は、テマリが初めてだった。自分の興味があることに、僅かでも彼女が気をむけてくれればいい・・・ ・・・そんな思いが始まりだった。

(いや、僅か・・・ ・・・じゃねぇよな)

本心を言えば、任務以外で、彼女の関心を引く、ナニカが欲しかった。
木ノ葉の『奈良シカマル』ではなく、ヒトとしての『奈良シカマル』を知って欲しかったのかもしれない。一番にそれを伝えられるモノは、将棋しかなく、そんな自分を情けなく思いながらも、テマリが駒を手にしてくれた時は、ただ、嬉しかった。

―この時間は、このヒトの中には、将棋と、指南する俺しかいない―

そんな風に思える時間が、増える度、
彼女の方へと、指す駒が増える度、
自分の気持ちも、それに比例していくのは、解っていた。

―たとえ、テマリが、ただ単純に、将棋を楽しんでいるだけだったとしても―

誰にも邪魔をされない、この空間と時間の共有。
そして、あの彼女が、隙だらけの顔をして、目の前にいる。
これから先、こんなチャンスが巡ることがあるだろうか・・・ ・・・

(盤外戦術、みてぇだけど)

シカマルは、駒台に手を伸ばすと、静かに駒を持った。



「ちょっと、気持ちが落ち着くだろ?」

いつもより、ビブラートのかかったシカマルの声が、ゆるりと耳を撫でる。

「そうだな」

そう答えて、テマリは、その声の近さに驚き、眼を開けた。シカマルの顔が迫っている。

(え?)

ぱちり、と響く音。



同時に唇が重なる。



「王手」

震える声が、そう告げる。

「ど、どっちが?」

テマリの思わず出た言葉に、シカマルは困ったように頭を掻いた。

「・・・ ・・・両方」

恥ずかしそうに、そう呟く。視野の端で盤を見れば、シカマルが、確かに今、指したであろう、駒。

「投了、する?」

その言葉を、漆黒の瞳が言ったのか、先程触れた唇が伝えたのか。
ぎこちなく視線を戻せば、それほどの至近距離に、シカマルがいる。


「ど、どっちに?」


テマリの、上ずった高い声が、風に、乗った。




(2007.12.8 MOJITO☆りく)


ずっと書きたかったお話です。シカテマなんで将棋ネタは必須(笑)テマリさんを巧みに誘導して、隙を作らせ、キスするシカマル・・・私の中で、ものすごく萌えです。しかもしかも、このお話は、その後素敵な出会いをさせてくれたという、作者想いの(笑)一品に。そうです、絵師、夕子さまとの出会いです。サイトにたくさんの素敵シカテマを描いて下さいました。多謝!!
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