またたび様リクエスト

初めての、朝



『その気にさせるのも、男の仕事、だろ』

あんなことを言って、少し後悔した。
いつもより熱っぽいキスまではよかったんだ。
互いの身体を撫で合いながら、流れるように膝を付き、
組み敷かれて初めて、ここからどうすればいいか、戸惑った。
見上げた先の奈良の表情は、薄闇に紛れてよくわからない。
ただなんとなく、いつもとは違う視線を向けられているような気がして、
気恥ずかしさに瞼を閉じると、唇が触れた。
(ま、なるようになる、だろ)
そう、この時までは。
余裕があるのは自分の方だと、思い込んでいた。



始めこそ遠慮がちに事を進めていた奈良だったが、
首尾よく帯を解き、衿元が緩んだ途端、
躊躇なく手を忍ばせ、直に肌に触れてきた。
指の動きに、皮膚の下が何かに怯え喚いているようで、
身体中が落ち着かなくなる。
普段は存在すら意識しない場所がピンと張り詰めて、
そこを指が掠めるたび、呼吸のリズムが狂う。
未知の経験に困惑し、持て余していた矢先、
頂点に、生温かい舌の感触を感じて、思わず奈良を突き放した。
「やっぱり、無理だ」
素早く半身を起こし、肌蹴た衿元を掴んで、逃れるように身体をずらした。
「何で」
不貞腐れたようにこっちを見た奈良は、半裸だ。いつの間に脱いだのだろう。
それにすら気づかないほど、余裕を無くしていた自分に恥ずかしさが増す。
「とにかく、無理なものは無理」
これ以上、耐える自信がない。
私ばかりがこの状態に戸惑い、慌てふためき、
一方の奈良は照れもせず、事を進めているなんて。
不公平じゃないか?
「… …往生際、悪ぃぞ」
ぼそりと呟いた奈良が、ずいっとこちらに身体を寄せながら、胸元に手を伸ばすのがわかった。
「ちょっと。本気で待ってって」
必死の抵抗を見せるつもりで、半身を捻ろうとする動作を、止められる。
肩から降りた手は、衿元へ。
その動きに身体を固くしたが、奈良は、私の手に自らの手を添えただけで、それ以上は何もしない。
強引に浴衣を剥がされるのではないかと思っていた私は、恐る恐る奈良を仰ぎ見る。
思い詰めたような瞳と目が合った。
「本気だから」
息を深く吸う音が聞こえる。
「もう、待たねぇよ」
強い意志が乗った声。同時にぐっと握られる手。
胸が、小さく啼いた気がする。
いつかは通る道。その相手が奈良。
語気鋭く言い放ったわりに、性急に先を進めようという気配がないのは、
私の気持ちを、再度確かめようとしているのかもしれない。
好きな男に抱かれるのに、ここまで来て、なんの足踏みがいるだろう。
「わかった。もう、待たせない」



と、覚悟してみたものの… …



「うわ、バカ、お前、どこ触ってる?」
掻痒感をなんとか凌ぎながら、奈良の所作に身体を慣らそうとしていたが、
思わぬところを触れられ、驚いて腰を引いた。
「どこって… …」
揶揄するような声音には感じなかったけれど、奈良は律儀にあとを続けた。
「答えていいのかよ。あんたの・・・」
「ダメ!それ以上言うなっ」
自分でなんて触れることもない、そんなところを、奈良の指が辿っているのだ。
それ以上の侵入を防ぐのには、なんとも頼りない薄布一枚。
僅かな抵抗のつもりで、奈良の腕を内腿できつく挟んだその時、
爪先が敏感なところを探り当てた。ビクッと身体が震え、短く息が漏れる。
その反応に、同じところを細かく擦られる。
「や」
全ての感覚がそこに集約され、じわじわと甘ったるい痺れが全身に広がる。
言葉は確かに拒否している。けれど、身体は悔しいくらい、奈良の為すがままだ。
固く閉じていたはずの両足も、いつの間にか内腿に、口づけさせるほど許していた。
それでも。
下着を取り払われて、もう一度奈良が膝を割った時には、恥ずかしさが蘇った。
「あまり、見るな」
自然とそこへと重ねた掌に奈良の手が重なり、少しだけ上方に押し返される。
次に何をされるのか、わかっているようで、わかりたくない複雑な心境だ。
奈良の唇が迫る気がして、私の抵抗を留めている奈良の掌に思わず指を絡めた。
直後に、生々しく厭らしい感触に襲われる。
「もう、それ以上は、いい、から」
刺激の強さと羞恥心に、奈良の肩を押し返しながら哀願してみても、
「“男の仕事”だから」
などと、いなされる。
心の中で散々奈良を罵倒しながらも、いつの間にか、漏らす息には甘やかさが混じっていた。
脳がじんじん痺れはじめ、体温は上がり、鼓動は速くなる。
身体中の制御は利かなくなって、一体、私はどうなってしまったのか。
奈良が触れている部分から駆け上がる何かに、抗っているのか、寄り添っているのか。
自分の物とは思えない妙に艶っぽい声が、幾度も耳に木魂した。



「テマリ」

恍惚の中、名を呼ばれた気がして、その方向に眼を向けた。
声はすぐ真上からだった。なぜか心配そうに、顔を覗きこんでいる奈良がいる。
「大丈夫か?」
なにが?と口を動かした気もするけれど、それが声になっていたかはわからない。
奈良の頬に触れ引き寄せて、自ら唇を求めた。
「もう… …終わりか?」
なんでそんなことを言ったのか。
決して挑発しているわけでも、終わりにしたいと思っていたわけでもなかったけれど。
奈良は吹き出すように顔を崩してから、一呼吸おき、
「いいや。これからが、その、なんつーか、アレなんすけど・・・ …」
最後のほうは、口ごもってしまった。
アレ?
きょとんとする私に、表情を改めて、
「いい?」
と、意思を確認するかのように問いかける。
… ・・・いいも、悪いも。
すでに奈良は、私の足の間に鎮座している。
そして、私も自然とその腰を挟むように膝を立てていた。
首を縦に振ると、膝に添えられた奈良の手に、少し力が入った気がして、瞼を閉じた。
深呼吸を一つ。迎え入れる為に、心を整える。けれど。
異物の存在を感じるが、もどかしいと焦れるほど、先に進む気配がない。
初めてのことでよくわからないが、それも前戯の1つだったとしても、
時間を掛けすぎているような気もする。
(これって、もしかして・・・ ・・)
気になって瞼を上げ、奈良を見た。
やはり、場所に、戸惑っているようだ。
ついさっきまで、しっかり触っていたくせに… …そう呆れつつ、
必死に苦闘している姿を目にすると、可愛さが勝った。
そんなこと、自らできるはずがないと思っていたけれど、
手を伸ばし、奈良自身に触れる。
想像よりも猛々しい物体に、少しひるんだけれど、不思議と生っぽい感触はない。
なにか、人工的な肌触り… …あ、そうか。つけてくれたんだ。
「悪ぃ…」
私が何をしようとしているのか察して、申し訳なさそうに呟く声。
見えているかどうかわからないが、首を横に振る。
「オレ、緊張して」
そう言われ、ふいに愛おしさが込み上げてきた。
奈良も、私と同じ。
強張っていた身体がふっと緩む気がした。
正しい場所に先端を当て、指を離す。
それを合図のように、私の中心へ、奈良が入ってきた。
簡単に受け入れられたのは、最初の一瞬。
私の内側は、異物の侵入を強固に拒否しているようだ。
「もうちょい、力、抜けって…」
切羽詰った声に応えようにも、一体どこをどう抜けばいいのか。
奈良が押し開こうとする度、言い難い痛みを唇を噛み締めて、やり過ごす。
だいたいあんなもの、ほんとに全部納まるのだろうか。
一抹の不安が過ぎる。
いっそのこと、どうしようもなく疼いてる内側の、その熱さで奈良自身が溶けるか、
それこそ私自身が溶けてしまえばいいのに… …



「入った…みてぇ」
「う、ん」
ずっしりと、中心を埋め尽くす存在。
窮屈さから解放されたい気もするけれど、
このまま、抱きしめていたいとも思う。
私の中に、奈良がいる。
身体が繋がって、一つになっている。
変な、気分だ。
「辛い?」
労わるような眼差しに、素直になるのがなんだか照れくさい。
「はい、と言ったらやめていいの?」
奈良は困ったように、首を傾ける。
「それは、無理・・・かも、しんねぇ」
悪戯っぽい笑みを返され、つられて口元を緩める。
それから、どちらともなく吐息を重ねあった。
自然と絡み合った指は、そのままシーツに縫いとめられる。


「結構ギリギリなんで、そろそろ“男の仕事”遂げても、いいっすか?」
「お手柔らかに、な」




(2010.9.22)




新しい朝を、2人が幸せな気持ちで迎えてくれていたら、いいな」

奇しくも奈良誕の日になってしまったけれど、まったく関係ないお話ですみませんです;
元ネタ(「初めての、夜」)の続きになるのですが、当時もこういう2人を妄想してました。
表に出すことはないと思っていたのですが、ありがたくリクエストを頂いたので!
甘すぎず、軽すぎず、爽やかに・・・とはいかなかったですが(笑)りくの中で本館で出せるギリギリラインで納めてみました。
(まずかったらそのうち地下にしまうけど)
なんというか、2人の一生懸命さを出したかったんですよ(逃げろっ)
また寸止めか!?と思われるかもしれないけれど、この話での奈良くんとテマリさんは、こういう形で終るのが一番いいと思ってます。
読んでくださった方、そしてまたたび様、ありがとうございました。

2010.922 りく

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