mojito plus_with erp(life work)




French kiss


酒の味を覚えるようになってから、花街に繰り出すことが多くなった。
別に馴染みの女がいる訳じゃない。ほとんどは付き合いだ。・・・そんな風に表現すれば、男のズルイいい訳だと、思われちまうだろうけど。ただ時々、長年の“叶わぬ想い”にやりきれなくなると、酒と金で割り切れる関係が、気楽だった。それだけが、この街に足を運ぶ俺の、本音だったかもしれない。

「私をこんなに待たせるなんて、お前も偉くなったもんだな」
「わざとじゃ、ねぇよ。だいたい予定を変えたのは、あんたの方だろーが」

俺はもうずっと、この人の世話役を任されている。だから、例えばオフに入った時間であっても、彼女が来るとなれば、出迎えに向かわなければならない。今夜も、同期の連中と花街にいたところに、呼び出しがかかり、直行したと言う訳だ。

「ま、たまにしか来ないのだから、多少の我侭は許せ」

もちろん、言葉ほどの謝罪の気持ちがないのは、わかっている。この人にとって、俺はそういう存在なんだ。それは、多分彼女が、俺の気持ちに薄々勘づいている・・・というところによる。

「それにしてもお前、任服のまま遊びに行くのは控えたらどうだ?」

隣に立つなり、テマリは眉をしかめた。

「え?」
「随分と、艶っぽい香りをさせているじゃあないか?」

・・・しまった。店の女の移り香だ。それほど長居をしていた訳じゃないから、油断していた。

「最近、派手に浮名を流している・・・というのは、本当だったんだな」
「・・・んなこと、ねぇよ。誰が言っているんだよ」
「色気のある噂はすぐに伝わるから、諦めろ」

含み笑いが癪に障る。

「いいだろ、別に。俺だって、いつまでも餓鬼じゃねぇんだし」

拗ねた口振りが、ますます彼女の口元を緩ませ、やっぱ餓鬼じゃねぇか・・・と自虐的な気分になった。

「仕事も遊びも、一人前って訳か?」

追い討ちを掛けるように、彼女の言葉は続く。鼻を鳴らされ、蔑むような視線に、むっとする。・・・この人は、いつまで経っても俺のこと、餓鬼扱いだ。

「からかうのは、よせよ。それに・・・俺が誰を抱こうが、あんたには関係のねぇことだろ」

テマリの顔が一瞬、色を無くした様に見えて、嫌な言い方をしたな、と後悔した。普段の俺なら、もっと上手く切り返せるはずなのに、相手がこの人となると、駄目だ。理性より感情が先に立っちまって、自爆する、いつも。これ以上痛手を負う前に、適度な距離を保つのが、賢明だ。逃げるように歩調を速めた俺の背に、彼女は意外な一言を投げてきた。

「奈良、フレンチキスって知ってるか?」

突飛な質問に、足が止まる。
ゆっくりと振り返り、意図をさぐるようにテマリの顔を見つめ返した。けれど、彼女は黙ったまま、ただじっと、俺の返答を待っている。

「なんだよ、いきなり。・・・知ってっけど。それがどうした?」

憮然とした表情を返すと、テマリは鼻を鳴らして一歩近づいた途端、ベストを掴み、そのまま路地へと連れ込んだ。俺の身体を壁に押し付け、こちらを見上げた瞳は、妖しく光っている。その翡翠と目が合い、俺の時間は、止まる。

「じゃあ・・・」

艶やかな輝きを放つ口唇が、迫ってきた。その一連の動作は、スローモーションのように鮮明に焼きついて、俺は、為されるがまま、だった。

(!?)

掠めるように触れた口唇に、はっと我に返り、思わず身を引いて言葉にならない音を発したところへ、テマリは再度、俺を抱き寄せると、舌先をするりと忍のばせて、丁寧に、愛し始めた。

「・・・んっ・・・」

戸惑う俺に構うことなく、口腔内を、艶かしく、そして奔放になぞり、その官能的な刺激に酔ってしまいそうだった。

(オイ・・・これって、ディープキスじゃねぇ?)

不意打ち・・・だろ。

思いも寄らないテマリの行動に、俺の脳細胞は様々な疑問を生み出したが、それは、生々しい感触が起こす甘美な誘惑の波に飲み込まれていった。俺の手は自然と、鉄扇との狭い隙間を、彼女の背骨の位置を確認するように滑り、それに反応してゆっくりと波打つテマリの身体を支えるように、腰を捉えた。

届かない・・・そう思っていた存在が、今、この腕の中にある。その事実が、抑えてきたものを解き放ち、俺を大胆にさせていく。腰に回した腕に力が入り、片手を彼女の頬に添え、もっと深く溶け合おうとした時、その舌先は驚くほどの速さで逃げていき、追いかける間も無かった。とんっと胸を軽く弾かれ、テマリは俺から身体を離した。

「これが、本当の“フレンチキス”だ、馬鹿」
「へ?」
「一人前の顔をしていても、まだまだ男としては半人前だな、お前」
「からかったのかよ」
「楽しんだろ?・・・それより、近くにトイレは、あるか?」
「は?」
「火影様のところへ伺う前に、その顔、何とかしろ」







鏡に映る俺の口唇は、テマリから奪った色に染まっていた。違う。正しくは、奪われた・・・だ。蛇口から勢いよく流れ出す水で、腑に落ちない気持ちも洗い流すように、俺は、口唇を一心に擦る。

全然、意味がわかんねぇ。
なんだよ、いきなり。
あんなキス、ありえねぇ。

口元の水滴を拭う為に滑らせた指先が、止まる。ここに、テマリの口唇が、触れた。叶わない想いだと、諦めていたのに、まるで、何年も慣れ親しんだもののように、吸い付いてきた。一瞬、本当に愛されているんじゃないかって、錯覚した。

・・・そんな事、ある訳、ねぇのに。

顔を上げ鏡に目をやると、いつからそこにいたのか、テマリの肩が映りこんでいた。



「覗きっすか?趣味悪ぃっすよ」

俺は、抗議の意もこめて、多少の怒気を含んだ声を発したが、

「フン。そんなに凄いモノをお持ちだったとは知らなかったよ」

彼女はそれに構うことなく、相変わらずの軽口だった。

「ひっでぇな。つうか普通、女がそんなこと、口にするかよ」
「女、だと見てもらえていたなんて、光栄だな」

・・・何、言ってるんだよ、この人は。
それをずっと、俺に意識させてきたくせに。
本気で、腹が立ってきた。

「当たり前だろ?そんなの。・・・あんたはとっくに、気づいてんだろ?」

俺の、この想いに。
それを、気まぐれに弄んだのか?

振り返れば、実体はすぐそこにあるのに、俺は鏡越しのテマリに、想いをぶつけていた。肩と、わずかに映る髪。その先の見えないところで、いつものような、涼しい顔をしているんだろ?

「振り回して、楽しいか」

返事は、ない。だから余計に、問い詰めようという気持ちが濃く現れた。

「それとも・・・」

あんたに会う前に、花街で、別の女を抱こうとした俺に・・・

「・・・嫉妬でも、した?」

結局・・・自爆だ。もっともありえねぇことを口にして、俺は本当に馬鹿だ。けれど、どうせまともな返答なんかしやしない。あんなキスをして、俺を放り出して。真意を明かさないまま、また“いつも通りに”振舞うんだ、この人は。

出しっぱなしの水音だけが、虚しく響いている。
まるで、感情を垂れ流した今の俺みたいだ。
答を待っても、無駄なのに。



「・・・だったら、どうなんだ」

掠れた声が届いたのは、蛇口を閉める動作とほぼ同時だった。


え・・・?


慌てて振り返る。テマリの肩が揺れ、その影は今にも視界から消えていきそうだった。引き止める数秒すら許さず、このまま置き去りか?

「落ちたのなら、行くぞ」

ずりぃよ、それ。
俺は、今のあんたの顔を見る権利があると、思わねぇ?


「待てよ」


残像になる前に、テマリの指を掴んだ。






end.



illust:erp(life work) text:riku





2008.7.14
2009.9.21再録




■あとがき■
これは、忘れもしない(笑)奈良君、本誌久々登場の回で見せた調子こきっぷりに、散々叩かれていた(叩いた?)時に書いた話です。愛があればこその、辛口トークにりくものっかって、テマリさんにガツンとやってもらおうと思っていたのに、loveにしちゃった(笑)


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