mojito plus_with erp(life work)
一足先を歩く男は、任服さえ着ていなければ、忍だとは思わないほどの体たらくをさらしている。もちろん、本人は気づいていない。両脚はしっかりと地を踏みしめ、不測の事態が起きれば即座に対応できると思っている。その、千鳥足で。 「奈良。お前の自宅は、何処だ」 「なんでそんなこと、訊くんすか?俺が、貴女を送って行くんだから」 そんな状態で、私の意図を察する返答が奈良らしく、嫌な感じだ。しかも敬語の上に、貴女、などと呼びやがって。未だかつてこの男に、そんな呼ばれ方をされたことはない。駄目だ、本当に酔っているようだ。 「俺の、任務っすからね」 上ずった声で、何を偉そうに言っているのだ。それに世話役をやっていたのは、もう遠い昔のことだろ?呆れて漏らしたため息に、耳聡く気づいてこちらを振り返った。 「相変わらず、俺のこと、頼りにならない餓鬼だとか、思ってませんか?」 その口振りこそが、まるで拗ねた子供のようだと、本人は気づいていないらしい。 「誰も、そんなことは言ってない」 「本当っすか?」 ゆらゆらと身体を揺らしながら、それでもその黒い瞳はまっすぐに私に向かってくる。・・・ ・・・やっかいな、酔っ払いだな。 「ああ、本当だ」 多少大袈裟に頷いてみせると、奈良は鼻を掻いた。そして、満足そうに口元を緩めると、また歩き始めた。 中忍試験で、木ノ葉の里を訪れていた。 昔から変わらぬ面々が、久々の再会に場を設けてくれて、そして最後に、私と、奈良が残った。誘ったのは、奈良の方だ。店で目が合った途端、つい逸らせてしまった私の心のうちを悟ったかのように、散る人影の隙間を縫って、近づいてきた。私はズルい女だから、その日の舵取りを、奈良に任せた。別に、焼け木杭に火が付いた、なんてものじゃない。あの頃の私たちは、そういうことには幼すぎて、杭にさえ、なれなかった。友情なのか、恋なのか、わからないまま。その先を求めることへの躊躇いが、どちらにもあったんだと思う。任務以外で会うことも無く、私がこの里へ訪れなくなって、・・・ ・・・それきり、だった。 あの頃なら、向かう先は甘栗甘と決まっていたが、今夜は、ほろ酔いで夜の街を並んで歩いた。それはとても不思議な感覚で、同時に時間の流れの早さも感じていた。あの奈良も、酒を嗜む歳になった。3つの歳の差も、感じない。最近あまり寝ていないと言っていたわりに、奈良は始終機嫌がよく、比例して酒も量を増していた。アカデミーで教鞭をとっている彼の、初めての教え子たちが全員、第一の試験に合格したのだと言っていた。よほど嬉しかったのだろう。加えて多弁だった。その緩んだ頬を眺めながら、適当に相槌を打っていた私は、あることに気づいた。あの頃の、口癖。 『面倒くせぇ』 一言も、聴かない。 もう、私の記憶の奈良しか、口にしないのかもしれない。それが、少しだけ寂しかった。 「おい。お前、どこへ行くんだ」 ちょっと目を放した隙に、奈良は帰路を外れ、通りかかりの公園へと入っていく。 「休憩」 「休憩?」 後に続けば、街灯がぼんやりと照らすベンチに、どかりと腰を降ろした。そして、コンコン、と乾いた音を鳴らして、 「ここ、どうぞ」 呆れて立ち尽くす私に、目をやった。 「・・・・・・休みたければ、お前1人休んで行け。私は宿に戻る」 「なんで?」 (なんで?・・・・・・だと?) 「慌てること、ねぇじゃん」 「なに?」 「こんなに月も綺麗なんだし。な?ちょっとだけ」 そう言って、気持ちよさそうに夜空を仰ぎ見る奈良の、その横顔を見ていたら、いちいち逆らうのが面倒になってきた。それに、奈良とこうして会うのも、滞在中、今夜だけだろう。そんな想いも手伝って、私は背から扇子を降ろし、奈良と拳1つ分の隙間を空け、隣に腰掛けた。 「少し飲みすぎちまったかなぁ。あんたはあんまり変わらねぇよな」 酔いが納まってきたのだろうか。よく慣れ親しんだ呼ばれ方、話し方に変わっている。 「体質もあるだろうが・・・・・・、節度は考えてる。奈良、お前も少しは飲み方を覚えろ」 「って言われてもな。飲んだの、今日が初めてだし、俺」 「は?」 だからか。いくら浮かれていたとはいえ、あの量をあんなペースで飲み続けられたは。 ・・・ ・・・もっと、早く気づけばよかった。 「呆れたやつだな。明日、辛いぞ」 「マジで?面倒くせぇな、それ」 ・・・ ・・・あ。 今、ここで、その台詞か? 「なんだよ?」 思わず笑みをもらした私の顔を、奈良は怪訝そうに見ている。 「いや、なんでもない」 「変な、奴」 奈良と関わった時間は、ほんの少しだったのに、分岐点とも言える出来事に、偶然が、いつも私たちを巡り合せていた。あの頃は互いに、色んなことが“進行形”で、そんな風には感じていなかったけれど。木ノ葉へ向かう道中、乾いた空気が湿気を含み、目に映る風景が色彩を為す頃、それは、私の中で“過去”として、形となったはずだった。・・・ ・・・そう、今、私たちの間で動いていることは、ない。 すべては、“あの頃”のことなんだ。 「なあ」 おもむろに掛けられた声の方を振り向き、たじろいだ。 「・・・・・・近いぞ、奈良」 「近くねぇよ、全然」 息が掛るほどの、距離が、か?いつの間にか、奈良の腕はベンチの背もたれに伸ばされていた。困った事態になったと、思った。予想してなかったといえば、嘘になるけれど。奈良も、男の目をするようになった。そして、それに気づく私もいる。 「いい加減にしろよ」 この先に起こることを、そのまま受け入れるのには、酔いが足りなかった。もっと、飲んでおけばよかったと、後悔した。そうしたら、今の奈良の様に、ただ“そんな気分になった”と、思えたのに。 「・・・・・・こんな時じゃなきゃ、出来ねぇ、だろ?」 黒い瞳は赤みを帯びて、見た目はそのまま酔っ払いなのに、そんなトーンの声を出されたら、拒否、出来なくなるだろ?黙ったままの私を、そう、理解したのか、奈良の指が伸びてくる。それは、夜風に冷えた私の頬を、焼いてしまうくらいの熱を帯びていた。 キス1つで、私の身体も口説ける、とでも思っているのか?でも。それを頑なに拒否するほど、私も、硬い女じゃない。 奈良の香りがアルコール臭と混じり、ぐっと迫ってきた。朝、目覚めたらきっと、自己嫌悪に苛まれて、嫌な二日酔いを起こすかもしれないけれど。 ま、いいか。 え・・・ ・・・? オ、イ・・・ ・・・? 触れたのは、奈良の額。そのまま、崩れるように私の身体を滑り、腿へと降りた。 「奈良?」 膝を枕代わりにして、寝息を立てている。その顔は歳を重ねてもあどけなく、そして“あの頃”よく目にしていた、奈良そのものだった。 「・・・・・・バァカ」 空が白みはじめる頃、夜明けを告げる鳥達の鳴き声が響いた。まだ、太陽は顔を出していない。今朝は、彼女の光のもとを歩くのには、抵抗がある。 「おい、起きろ」 束ねられた黒髪をひっぱると、意外に素早くその瞼を上げた奈良シカマルは、見下ろす私の顔に、目を白黒させていた。 「顔ぐらい、洗って来い」 今回ほど、公園とは存外便利な場所だと思ったことはなかった。多分、こんな風に過ごしたことがなかったから、余計に、なのだろう。深夜の逢瀬には身を隠す場所が、そこここにあり、乱れた我が身を整える場所も、ある。そんなことを考えながら、奈良の身支度を待っていた。規則的に耳に届いていた水音が止まり、
あの、口説き文句も、寝言も、そして、寝ている間、身じろぐお前が、何をしたかも。そう・・・ ・・・ この日のことは、過去のいつか、で、未来に語る、いつかのこと。 今頃、酔いが回ってきたのだろうか。私は急に笑いたくなって、そして訳もなく、泣きたくなった。 end illust:erp(life work) text:riku
2008.7.19 2009.9.21再録MOJITO/りく