Love letter
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拝啓 天国の愛しい人へ (元気ですか?沢山笑っていますか?そこには煙草はありますか?私は元気です。)
大きなフライパンを真っ黒に焦がしてしまったのは、今から約1時間も前の事。 予定より早めに仕事が終わったものだから、帰りの遅いあの子に珍しく腕を揮ってご馳走を、なんて。不慣れな事をするものだから、この様だ。この赤いフライパンは、料理上手なあの子がわざわざ他国から取り寄せた特注品。聞いてはいないが、値段もそこそこするだろう。 そのフライパンを、私は。見事な黒で、染め上げてしまった。
(.......ああ、何て言い訳しよう。これじゃあ、誤魔化し様がないわ)
色の変わった不細工なフライパンを見ながら、深い溜息を吐く。こうしている間にも時は経ち、あの子が帰って来る時間が刻々と迫ってきている。慣れない事などするものじゃない。誰かの為に料理など、可愛いままごとなどしなければ良かった。
ガクリと肩を落とし、食卓に両手を付き俯く。私の傷心とは裏腹に、内側から元気に下腹部を蹴る感触。
「......アンタは呑気でいいわね」
蹴られた部分を撫でながら、1人呟いた。 誰に似たのかしら、と______微笑む私の背後に感じる煙草の匂いが、愛しい人とリンクする。
(...ああ、しまった、言い訳をまだ、)
考えていなかった、のに。ゆっくりと振り向き、1人の少年を見据える。気だるそうな姿勢は、彼独特のものだ。
「.........おかえりなさい」 「ただいまっす」 「.......ご飯、は?」 「まだっす」 「...そう。今から作るから、ちょっと待ってて」 「別に、いいんすけど。つか、それで作られても食えないっすよ」 「............ばれてた?」 「バレバレっす」
目を細めてニカっと笑う彼を見て私は安堵の溜息を吐き、そっと椅子に腰掛けた。最近では腹が大きくなり過ぎて長時間立っていられなくなったのだ。そんな私を気遣ってか、彼は荷物を置くと自然に台所に立ち、シンクの下から鍋を取り出した。
「俺腹減ってないんで、スープだけでいいすか?」
食卓に座り、彼の背中を見る日々がいつからか当たり前になっていた。 それは、あの日から彼と私が同じ痛みを背負っている事と、まだ見ぬ新しい命を懸命に守ろうとしている事。
彼はあの日から、まるで呪縛された小動物のように、同じ事を繰り返す。
”----------アスマに託された子だから。”
それは未亡人となった私にとってとても心強い言葉ではあるけれど、10代で運命が決められた彼が少しだけ、可哀相になった。
*
「自由に生きていいのよ、シカマル」
カチャン、音を立ててスプーンをカップに落としたシカマルの鋭い視線は私を捉える。けれど私はそれに構わずスープを口に運びながら言葉を選んだ。
「アスマに託されたからって、この子に執着する事ない。あなたくらいの忍なら、火影になることだって可能なのよ?」
シカマルは少しだけ目を見開き驚いた風に私を見る。そうして視線を泳がし、また私を見た。 生前、アスマがよく言っていた。シカマルは、”いくら強い風が吹いても、絶対に消えない強い小さな火を持っている”と。それは、当時彼の事をよく知らなかった私にとって理解し難い事だったけれど。今では首を何百回と縦に振りたいくらいに、よく分かる。
シカマルは常に、自分にとって一番大切なものにだけ、敏感なアンテナが働く。 それは里の為だったり、同期の仲間だったり、両親だったりするけれど。
今回は、自分の恩師が、自分の無力さ故目の前で死去したということの、罪悪感からか。シカマルはあの日から、アスマの子を身篭った私に毎日会いに来る。少しでも私の役に立とうと振舞う。本来ならばすごく喜ばしい事なのだけれど、最近それがすごく、辛い事のように思ってきた。
(.........あの日の事は、誰が悪いわけでもない。彼は里の未来の為に死んだ。それだけ、)
ただ、それだけなのに。シカマルはまだあの日の事を悔いているように思うのは、私だけだろうか。
視線を私に向けたシカマルが口を開いた。カップの中身は気付けば空になっていた。
「.....俺は別に、諦めたわけでも捨てたわけでもないっすよ」 「.....え?」 「ただ、悟ったんです。これが俺の生きていく道だってこと」
シカマルはただ、穏やかに。ゆっくりと丁寧に紡がれる言葉達が、私の胸にじんわりと染み込んでゆく。
「アスマにも言われたけど、火影を目指そうと思えばいつだって目指せる。けど俺が今しなきゃいけないことはそれじゃない」
胸に消えない、小さな小さな強い火。彼にの心には常に、揺らがない何かがある。
「アスマが、俺達に残してくれたように。俺も、次の世代を守り意志を受け継ぎたい。それだけっすよ」
それはとても、大人びた口調。大人びた振る舞い。誰が何が彼を”そうさせた”かなんて、聞く余地も無く。 あの人が死ぬ事で誰かが成長し、何かを成し遂げようとする。また想いも受け継ぎ、その次の世代にもまた語り継ごうとする。人間は生まれる意味はあっても死ぬ意味などないと、一年前の私ならそう思っていた。
(______だけど今は、)
「それに、俺がしっかりしてないと、アスマに化けて出て来られそうで怖いっす」
いつからか、柔らかい笑顔を見せるようになったシカマルは。人の心をも軽くする、そんな言葉も使えるようになった。たった16歳という幼さで、恩師を亡くし。たった16歳という成長途中で、人の為に目指す道を悟った。
(............アスマ、アンタの愛弟子は、ちゃんと)
ちゃんと、ちゃんと。受け継がれている。消えることのない小さな火は、逞しく燃え盛っている。
「...シカマル」
腹を撫でほっと息を吐く。元気に下腹部を蹴飛ばす命が、また愛おしくなった。
「ありがとう」
*
シカマルの帰宅後、何故かアスマとの出会いを思い出した。そして上忍になり、初めて新米下忍を部下に置く事が決まって、あの子達と出会って。懐かしい。右も左も分からない子供達が、日々努力し成長していく過程を、私達は一番近くで見てきた筈なのに。
「...あーあ。何て言うか、本当に、あの子達は」
1人、腹を撫でながら呟く。知らない間に大人になっていたあの子達には確かに、消えない希望があった。 忘れてはいけないもの。ほんの些細な事だけれど、大切な事。それを受け渡す者がいて、受け継ぐ者がいるということ。
(大切な人、愛する人を守る為、か。)
「ねぇ、アスマ?」
焦げたフライパンも、口溶けの良いスープも、幼い彼が悟った未来も。 今私の周りを纏うひとつひとつのもの全て、あの人が残してくれたとても大事な宝物のような気がして、
今どうしようもなく、とてつもなく、天国で笑うアスマに会いたくなった。
fin*
(2008.07.16 親愛なるりくさんに捧げます!)
(2009.09.03 加筆修正)
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このお話と、かえでさんが描くアス紅、とくに紅先生へのりくの熱い想い(笑)はブログに書いたのでここでは控えますが、本当に本当に素敵なんだ、言葉、ひとつひとつ、行間から溢れる空気がね、暖かくて、切ないことも優しく包んで、未来の光を見せてくれます。かえでさん、ありがとうです!!大好きです!!
2009.9.22 りく |
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